夢に別れを 前編
あれから毎日のように夢を見る。幸せだった日々と最後の別れ。姫の涙、謝罪の言葉を搾り出す震える唇。
”姫が幸せならそれでいい”
――嘘だ。それならなぜ俺はまだ彼女を忘れられないんだ。姫の噂を聞くだけで狂おしく胸が痛むのだ。
裏切られた、と罵る事も出来ず、幸せに、と微笑む事も出来ない彷徨う感情をどこへぶつければいいのか分からない。
我ながら未練たらしい男だと思う、騎士にあるまじき事だと。だが俺は――
「レギン!もう!いつまで寝てるのさ!」
元気の良い声がしたと思ったら勢い良くカーテンを開けられて眩しさに手で顔を覆う。
「・・・う・・」
「皆とっくに朝ごはん食べちゃったよ!レギンも早くしてよね!片付けられないでしょ」
あぁ、と呟いて覆っていた手をどけて仁王立ちして怒ったように眉を寄せる少女を見やる。
肩あたりでばっさりと切られた赤毛の髪は彼女の性格を表しているかのごとくピョコピョコと元気良く跳ねている。少しそばかすのある顔は愛嬌があるが美人と言うわけではない。
「・・おはよう・・ミオ」
いつものように朝の挨拶をすると、彼女は照れたように横を向いて早くしなさいよ、とだけ言ってバタバタと部屋を出て行ってしまう。
それが微笑ましくて軽く笑むとベッドから出る。
随分寝てしまったらしい。粗末な窓を開けると強い太陽の光が部屋いっぱいに広がる。
「・・平和だ」
ファーフナーを後にしてから俺達ロクスバーグの残党はあてもなく彷徨った。国の復興を願っていたが、唯一の王族である姫がいない事で完全に目標を失ってしまった。
何をすればいいのか、どこに行けばいいのか分からずにただひたすら馬で駆けているとこの村に辿り着いたのだ。
体を休める事と物資の調達のために立ち寄っただけのはずであったのに、既に今日で1ヶ月になる。
仲間達もかなり精神的に疲弊していたようで出発しようと言う者はいない。
無理もない。それだけこの村は平和すぎた。100人にも満たない小さな村であったが人々は温かく、何処の誰とも分からない俺達を受け入れてくれた。
元から男手が足りなかったようでむしろ喜ばれているようだ。仲間の中にはずっとここで暮らしたいと言っている者もいる。
国も主も目標も失った今、それもいいかもしれない。騎士の証である文様入りの剣も久しく触れていなかった。
「どう?美味しい?」
期待と不安の入り混じった顔でスープに口を付ける俺をミオは見ていた。おそらく自分で作ったんだろう、緊張のためか頬が赤くなっている。
「美味しいよ。これ、ミオが作ったんだろ?」
「え!?」
みるみるうちに茹蛸のようになる少女に苦笑しつつ温かなスープを流し込んでいく。空腹だったためすぐに食事は終わった。
「ご馳走様・・ところで今日は何をするんだ?」
「え、あ・・今日は畑を耕そうと思ってるんだ・・手伝ってくれる?」
「ああ」
頷くとホッと息を吐く。これもいつもの事だ。どうやら俺がいつこの村を出て行くか不安に思っているらしい。
だが俺は不安がる彼女に何もしてやれない――彼女の気持ちには応えられないのだから。我ながら卑怯だとは思うが気付かないふりをするしかない。
「じゃぁ行こう!新しい種を植えなきゃいけないんだ」
不安げな顔は何処へ言ったのか、一転明るく笑うと俺の手を引っ張って連れ出そうとする。
だが、突然の来訪者でオレは彼女と畑に行く事は出来なくなった。
ノック音と共に開かれたドアの先にいたのは俺の上司にあたる隊長であった。
「レギン・・少し話があるんだが、いいか?」
「あ、はい・・」
彼もまたこの村で平和に暮らしていたはずなのだが、今日は何やら深刻そうに眉を寄せている。
「レギン・・」
「ごめん、畑へはまた明日でいいか?・・夕食までには戻るよ」
ミオに軽く謝ると大丈夫だと言ってくれたが瞳が不安げに揺らいでいたのでつい安心させようと夕食までには戻る、と言ってしまった。
彼女の気持ちに応えられないのだから期待させてはいけないと分かっているが、ミオのあの顔に俺は弱かった。
最後に悲しげに微笑んだ彼女の顔が一瞬かの人とダブッて見えて俺は無意識の内に息を呑んでいた。
「え・・ロクスバーグへ戻る・・!?」
「そうだ。戦争に負けてからファーフナーに占領されていたが最近になってほとんどの民が解放されてロクスバーグに戻っているらしい」
「そんな・・ロクスバーグを解放したと言う事ですか?」
戦争はその国の土地が欲しくてやるのが普通で、勝利した国は占領した国を好きに出来る。それなのに解放なんて考えられない。
「それならばなぜファーフナーは戦争を仕掛けてきたんですか・・・!」
「落ち着け。見張りは当然いるようだ。だが、奴隷にしたり酷い扱いは受けていないと聞く――姫様が何かファーフナー王に頼んだとしか思えないがな」
「―――っ!」
姫、と言う単語に昨夜見た夢が鮮やかに蘇った。
「今更我らが戻ったところで何も変わらないし逆に囚われる可能性もあるのだが、やはり故郷だ――私は何とかして行きたいと思っている。国に行けば何か・・騎士として出来ることが見付かるかもしれない」
騎士として、と苦々しく言う隊長は昔から騎士にとても拘って誇りを持っていた。こんな所で農作業をしている事が耐えられないのであろう。
「・・戻る戻らないは好きにしていい・・この村に留まるといっても誰も文句は言わない」
「分かりました・・考えておきます」
そして隊長は去って行った。一人残された俺は正直混乱していた。この村を去って国に戻る?戻ってどうするのだ・・もう・・彼女はいないのに。
「・・レ、ギン・・」
「!?ミ、オ・・」
いつからいたのか、木の影に少女が隠れるようにして立っていた。
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